板前やってた頃【その2】
- 2014/12/02
- 08:54
一度そのお店は辞めて、半年してからでした。
任せるから戻ってきてくれ。当然、料理長になりました。(運よく?)
29歳のときでした。
その頃の酒は、いくら慣れた店といえど、老舗の大きな日本料理店の責任者です。後ろ盾もなかったので、必死でした。
今まで以上に働く時間も長くなり、帰り道ラーメン屋や、コンビニでワンカップぐっと2~3杯ぐらいが、
何年か続いたんですが。
以前と比べて給料も倍以上です。
たまの、休みの日は、酒のみながら。子供と遊び何でも買ってやる、そして自分は、ご褒美にと酒。
彼女もでき遊び、また、飲みにも行き、やりたい放題の30代前半。
使っていた職人もみな僕より年上です。
しかし、当然店側の無理も受けながらの仕事。献立に悩み、やった事もない料理も店のためと思い引き受け、
悩み苦しみ、怒り、そして次第に、仕事か、飲むかの世界に入っていった。
----ストレス神経が磨り減り、不安がででくるようになっていたのかな----、今から思うと。
よく仕事が終わってから、調理場で、一人になって伝票整理して、明日の献立書きながら、店の酒飲んで。
それから、帰るようになりました。
その帰り又どこかの居酒屋やうどんや、焼肉屋なんかで、少し食って、飲んで帰る。
いつも夜中1時や2時、休みなしで疲れるのは、飲まない人でも
当たり前なんですが、酒で麻痺していたんでしょう。
疲れがわからなかったし、仕事が使命と思ってた。
その頃も、たまに、ブラックアウトや、家になだれ込んで、ごろ寝するようになっていました。
でも、39歳のときに転換期が訪れます。
ゴールデンウィーク前1日休みが取れたので、朝から飲んでいて、勢いで遊びいこう と
一番下の娘と友達を連れて、公園へ遊びにいきました。
タコの形をした変形の滑り台がある公園です。
そごでわずか自分の背丈ほどのところから滑り落ち左足が捻挫したと思ったのですが、
一向に立てず、気づいた管理人さんが、救急車をよんでくれました。
で、診察結果は、左踵骨(かかと)骨折でした。
要入院、手術です。しかしゴールデンウィーク前だったので手術はゴールデン後になるとのことで、(8日後)
このまま入院されますかと聞かれましたが、自宅待機するといい、ギプスされて、痛み止め、剤薬をもらって
自宅に帰ったのですが。
ここで、酒です。手術の当日まで毎日一升酒でした。
今までのように仕事のことを考えなくていい。
痛くて痛くて、飲んで飲んで。そして爆発的に酒量が多くなりました
入院中も、時折飲んでました。 毎週土、日の外泊時はがぶ飲み状態。
退院し2週間後には、仕事に復帰しました。装具をつけて、しかもまだギンギン痛いし。
板前、いくら調理長といえどずっと座っているわけにも行かず動けば痛み。だから飲む。
冷えたときはなおさら、、、。まわりは時間薬というけど、この痛みは、、、でした。
米の汁飲むな!飯食え
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任せるから戻ってきてくれ。当然、料理長になりました。(運よく?)
29歳のときでした。
その頃の酒は、いくら慣れた店といえど、老舗の大きな日本料理店の責任者です。後ろ盾もなかったので、必死でした。
今まで以上に働く時間も長くなり、帰り道ラーメン屋や、コンビニでワンカップぐっと2~3杯ぐらいが、
何年か続いたんですが。
以前と比べて給料も倍以上です。
たまの、休みの日は、酒のみながら。子供と遊び何でも買ってやる、そして自分は、ご褒美にと酒。
彼女もでき遊び、また、飲みにも行き、やりたい放題の30代前半。
使っていた職人もみな僕より年上です。
しかし、当然店側の無理も受けながらの仕事。献立に悩み、やった事もない料理も店のためと思い引き受け、
悩み苦しみ、怒り、そして次第に、仕事か、飲むかの世界に入っていった。
----ストレス神経が磨り減り、不安がででくるようになっていたのかな----、今から思うと。
よく仕事が終わってから、調理場で、一人になって伝票整理して、明日の献立書きながら、店の酒飲んで。
それから、帰るようになりました。
その帰り又どこかの居酒屋やうどんや、焼肉屋なんかで、少し食って、飲んで帰る。
いつも夜中1時や2時、休みなしで疲れるのは、飲まない人でも
当たり前なんですが、酒で麻痺していたんでしょう。
疲れがわからなかったし、仕事が使命と思ってた。
その頃も、たまに、ブラックアウトや、家になだれ込んで、ごろ寝するようになっていました。
でも、39歳のときに転換期が訪れます。
ゴールデンウィーク前1日休みが取れたので、朝から飲んでいて、勢いで遊びいこう と
一番下の娘と友達を連れて、公園へ遊びにいきました。
タコの形をした変形の滑り台がある公園です。
そごでわずか自分の背丈ほどのところから滑り落ち左足が捻挫したと思ったのですが、
一向に立てず、気づいた管理人さんが、救急車をよんでくれました。
で、診察結果は、左踵骨(かかと)骨折でした。
要入院、手術です。しかしゴールデンウィーク前だったので手術はゴールデン後になるとのことで、(8日後)
このまま入院されますかと聞かれましたが、自宅待機するといい、ギプスされて、痛み止め、剤薬をもらって
自宅に帰ったのですが。
ここで、酒です。手術の当日まで毎日一升酒でした。
今までのように仕事のことを考えなくていい。
痛くて痛くて、飲んで飲んで。そして爆発的に酒量が多くなりました
入院中も、時折飲んでました。 毎週土、日の外泊時はがぶ飲み状態。
退院し2週間後には、仕事に復帰しました。装具をつけて、しかもまだギンギン痛いし。
板前、いくら調理長といえどずっと座っているわけにも行かず動けば痛み。だから飲む。
冷えたときはなおさら、、、。まわりは時間薬というけど、この痛みは、、、でした。
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- テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性
- ジャンル:心と身体
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